相馬圭二のブログ『目指せ農的な暮らし~半農半音へ向けて~』

元バンドマンが農的暮らしを目指す顛末記!

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再生また再生

2009/08/07 [Fri]15:20
category: 精神


昨日は広島原爆の日。

朝食の際、家族で黙祷を捧げる。

以前の自分は、原爆を落とした側(アメリカ)が「二度とあやまちを繰り返しません」と言うのならわかるが、なぜ被爆者側の国が言うのかわからなかった。
でも、誰が悪いとか、責任を問うたところで事実は変わらないし、歴史的事実はきちんと受け止めるけど、人類としてこういう事になってしまってごめんね、という事なのだと思う。
もの凄い大きな視点だと思う。
互いの正当性を主張したり、それぞれの立場を保守する為に事実をねじ曲げたり…。
そこに使われる労力を未来の為に使ったら、どれだけ地球は変わるだろう。

人は悪いことがあると、とかく原因を他者のせいにしがちだ。
でも、そんな事してもほとんど事態は好転しない。
全ては自分の中にもあることなのだ。
じゃあ、そこから何をする?どう自分を変えて行く?ってことを常に意識している。
それが学びであり、魂の進歩であり、生きている意味でもある。

付け加えるならば、新しい未来を創ろうとする時、または他者の意見に耳を傾けようとする時、自分が今まで積み上げて来た価値観を空っぽにしないと、何も入ってこない、という事。

今までの自分を手放す(断ち切るわけではない)ということは、とても不安に感じるもの。
でもその不安から来る執着に惑わされては、本当に進むべき道を見失ってしまう。
大丈夫、どんなに空っぽになるまで手放しても、本当の自分はきちんとそこに居るから。
手放すという事は、自分が思っているほどたいそうな事じゃない。

この日出かけた先の公園で、小学二年生になる息子が、グダグダと思い悩んでいる私の頭に白髪を発見、合計10本ほど抜いてくれた。
「手放してこそ新しいものが入って来るんだよ。」
と言われているようだった。

これほどの流れにも関わらず、この日は結局ずっとグダグダ決断出来ない事柄があって、家族中に不快なオーラをまき散らして、夜になってようやく自分の信じる道に戻ることが出来た。
答えを出すのにこれほど長い時間迷ってしまった事に、自分の未熟さを感じた。
同時に答えを出した後の爽快感といったら!
また新たな一歩を踏み出せた事に、泣きたいくらいの想いが胸に込み上げて来た。

抽象的な話でわかりづらいかもしれないけど、人生の中で大きな決断をすべき時があるって言う事。
まあ、それの連続とも言えるんだけどね。
とにかく自分の魂がワクワクする方向へ、これからもブレずに進んで行く。
それが喜びであり、自分が決めた使命だ。

8月6日という日にこのような決意を新たに出来たという事も、私にとってはとても意味の有る事なのだ。
日々再生。ありがとう。

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